人生上々!

アラサー旅好き会社員。夢は移住、趣味に仕事に日々の暮らしを綴ったブログ。2019年、働く妊婦からの一児のママンになりました。

山形旅行①〜仙台空港、3.11 大震災の記憶。

2019/02 樹氷を見てみたい。かれこれ5年程、毎年元旦に作る「やりたいことリストベスト100」にランクインしていたが実現されなかったこと。今年こそ!と発起し、行ってきました。

 

行きたいとか言ってた割には霧氷と樹氷の違いすらわからない状態で、とりあえず樹氷といえば蔵王らしいと聞いて山形県蔵王に行くことに。

 

さて、飛行機で仙台空港に到着。ここからはバスで蔵王温泉をめざす。

 

バスに揺られながら、仙台空港の周り、海側って何もないんだな、と思っていたら。そうだ、震災だ。仙台空港が水没した映像をテレビで見たことがあった。

 

3.11当時、私は茨城と栃木の境目に住んでいた。地震がきたときは確かちょうどお昼下がり、有休を使って近所の小さいショッピングモールに日用品の買い出しに行っていた。そんなとき、思わずしゃがみこむような揺れを感じた。少しおさまった後、小さい子供とその若いお母さん、さらにそのお母さんが3人で店舗の外に逃げようと、出口はどこかと聞いてきた。よく通っている小さな店なので、もちろん出口はわかっていたが、気が動転して普段施錠されている非常口を指差してしまった。施錠に気づいたお母さんたちが、しまってる!どこに逃げたらいいの!と私に怒鳴った。店員さんがやってきて誘導してくれて、私たちはだだっ広い駐車場で地面が割れるような揺れに遭遇した。お店はオープンモールと呼ばれる形式で、複数の路面店が1つの駐車場をシェアする形式のショッピングモールだった。駐車場ではみんなが地面にしゃがみこみ、ポカンとしていた。私たちはここが震源だと思っていた。まさか遠く離れた宮城県の海中が震源だとは思わなかった。とてもとても、大きな地震だった。その後も色々大変だったがあまり覚えていない。ただ、計画停電で悩まされたことは覚えている。仕事で機械を扱うので、その機械は停電時動く設定にはなってなかったのでマニュアル対応する必要があった。お客さん相手の仕事だったが、ご迷惑をおかけしても文句を言われたことは一度もなかった。本社は離れた場所だったこともあり、その温度差と、状況報告を何度もしなければならなかったことに度々苛立った。

 

結果的には助かったし、小さいことかもしれないが、地震の時に出口を答えられなかったことをいまでも苦々しく思い出す。九死に一生みたいなテレビ番組で、交通事故にあった時、シートベルトを外すよう声に出すことがすごく大切だと専門家が言っていた。非常時には気が動転して普通のことができなくなるからだそうだ。私が出口を間違えたのはまさにそういうことなのだろう。次に同じような状況に出会ったら、もうすこしうまく対処できるだろうか。

 

そんなことを思い出しながら、山形に向かいます。

 

しっとりと、②に続く。

 

上々!